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[2008/04/12] 未分類 | | コメント(1)

天台宗トップの住職 チベット問題へ声明 


http://www.youtube.com/watch?v=BjlbL0j_qQ8&eurl

youtubeの映像は削除されることも考えられるそうですので
声明文をテキストで残します

取り急ぎ




以下、声明文



いま私たち日本の仏教者の真価が問われています。

チベットでの中国の武力行動によって、宗教の自由が失われる事に、心から悲しみと止むに止まれぬ抗議を表明せずにはいられません。
私たちはあくまでも宗教者、仏教者として僧侶をはじめとするチベット人の苦しみをもはや黙って見過ごす事ができません。

チベット仏教の宗教的伝統をチベット人の自由な意思で守ると言う事が大切な基本です。
皆さんは日本の全国のお坊さんがどうしているのかとお思いでしょう。

日本の各宗派、教団は日中国交回復の後、中国各地でご縁のある寺院の復興に力を注いできました。
私も中国の寺院の復興に携わりました。

しかし、中国の寺院との交流は全て北京(政府)を通さずにはできません。
ほとんど自由が無かった。これからもそうだと全国のほとんどの僧侶は知っています。

そして日本の仏教教団がダライ・ラマ法皇と交流する事を北京(政府)は不快に思う事も知られています。

あくまでも、宗教の自由の問題こそ重大であると私は考えています。

しかし、チベットの事件以来、3週間以上が過ぎてなお、日本の仏教会に目立った動きは見られません。
中国仏教会が大切な友人であるなら、どうして何も言わない。しないで良いのでしょうか?
ダライ・ラマ法皇を中心に仏教国としての歴史を重ねてきたチベットが今、亡くなろうとしています。

私たちは宗教者、仏教者として草の根から声をあげていかなければなりません。

しかし、私の所属する宗派が中国の仏教会関係者から抗議を受けて、私はお叱りを受ける可能性が高いし、このように申し上げるのは私たちと行動を共にしましょうという事ではないのです。

それぞれのご住職、壇信徒の皆さんがこれをきっかけに自ら考えていただきたいのです。

オリンピックに合わせて中国の交流のある寺院に参拝予定の僧侶もいらっしゃるでしょう。この情勢の中、中国でどんなお話をされるのでしょう。
もしも宗教者として毅然とした態度で臨めないのならば私たちはこれから、信者さん檀家さんにどのような事を説いて行けるのでしょう。

私たちにとってこれが宗教者、仏教者であるための最後の機会かも知れません。



書寫山圓教寺執事長大樹玄承 

平成20年4月5日




<英文版>



mixi内で英訳された声明文



 We, Japanese Buddhist monks are now put to the test. We cannot help expressing our deep sadness and protest against China's military actions in Tibet that deprive Tibetans from religious freedom. As religionists and Buddhist, we cannot overlook Tibetan monks and people's suffer any more. The most important thing is that Tibetans preserve their religious tradition of Tibetan Buddhism (Lamaism) by Tibetan people's free intention. You might wonder what monks throughout Japan are doing. Each sect and religious organization in Japan have devoted their energies to the restoration of Buddhist temples related to their temples in various parts of China after the normalization of diplomatic relations between Japan and China. I myself was also involved in the restoration of Buddhist temples in China. However, it was not possible to exchange with Buddhist temples in China without the approval of Beijing (government) and actually we had no freedom. Most monks across Japan know th!
is and think that this might be unchanged even in the future. We also know that Beijing (government) feels unpleasant when Japanese Buddhist organizations exchange with the Dalai Lama. I think that religious freedom is the most important issue. However, Japanese Buddhists have not expressed anything in 3 weeks or more after the Tibetan case broke out. If Chinese Buddhism association is our important friend, why do we tell nothing to it? Is it good without doing? Tibet that has accumulated its history as a Buddhism country with the leadership of the Dalai Lama is about to disappear. To save them, we should give the voice from grass roots as religionists and Buddhists. However, if we do, Chinese Buddhists concerned may protest the religious sect I belong to and I may be scolded by it. So, it does not mean that I request you to act together with me. But, I ask you who are Buddhist monks and supporters to think voluntarily with this case as a start. Some of you as Buddhist monk!
s may plan to visit the temples related to your temples during the Bei jing Olympics 2008. Under such circumstances, what will you talk with them? If you are not able to say your opinion to your Chinese counterparts in a resolute attitude, what can we preach to our supporters and followers in Japan? This might be the last chance for us as religionists and Buddhists.


[2008/04/06] (((echo))) | | コメント(2)

春光の ふくらみやまぬ 太古より 

                                                                     如月廿五日
桜8


                                     春

                                         光
    
                                            の
                                 言
                                               ふ
                              語
                                                 く
                            の
                                                  ら
                          あ
                                                   み
                         ま
                                                    や
                         た
                                                    ま
                         満
                                                    ぬ
                         ち
                                                   太
                          ゐ
                                                  古
                            る
                                                 よ
                               大
                                                り
                                  気
        
                                    ・

                                       ・
                                           ・


桜12桜6桜7
桜14桜11桜13
桜10桜5桜9
桜4桜3桜1


桜の花が咲きはじめた頃から 泣いてばかりいます


今まで出会った人たちから 受け取ってきた

優しさとか思いやりだとかが なぜだか 次々に 

ふるふると 浮かび上がってきます


何がお返しできるかな

こんなにたくさんのものに

お返ししきれない。。。


片時も忘れずに わたしの後ろで 見守りつづけてくれている存在の

揺るぎのなさ。。


ラジオから聞こえてくる ただのラブソングのような歌の中にひっそり潜んでる

ハイヤーセルフや天使の眼差しに気づいちゃった時の涙




桜の花が開き 散っていく時

私たちは もしかしたら またひとつ 扉をくぐるのかもしれない


春のこの時期

日本の学校では 卒業式や入学式があり

出会いと別れの季節であることと

桜が咲く時期が重なるようにあるのは

何か関係があるように感じる

(桜の花は シリウスからやってきたとも言われているね)


わたしたちが出会ったのはきっと

お互いの魂が 強く呼び合ったからで

そして 何かの約束が果たされたとき

また さようなら と それぞれの道をゆくのでしょう

だから 別れさえもきっと 魂の約束なのでしょう


旅路の果てに また再開できることを知っているから

大丈夫



何にもお返しができないままだけど

この星の上で 花のようにただしあわせに咲いてることが 

返事の代わりになったらいいな

http://jp.youtube.com/watch?v=sRpxjiR741I



桜2

[2008/04/01] 短歌 俳句 | | コメント(3)





























































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